社長の声

ぱどという会社を設立された経緯から、教えてください。

私は以前、荏原(現 荏原製作所)でエンジニアとして働いておりました。1983年に技術提携先のエリオット社という会社に勉強に行って来いということになり、アメリカに行ったわけですが、そのときの体験を元に現在の会社を設立しました。

企業のルーツはアメリカにあるんですね。

そうです。私がアメリカに行った時代は、ちょうど産業の空洞化現象が起きておりまして、アメリカでモノを作るよりはカナダやメキシコ、ましてや東南アジアでモノを作った方が更にコストが安いという具合に、アメリカの企業がどんどん海外に流出して行き、結果自国での労働者が溢れ、エンジニアが次々と解雇されていくという時代でした。

アメリカは大きな変化の時代だったんですね。

私が赴任した当時40数名いたロサンゼルスの小さな事務所が、2年後に帰国するときには10名ちょっとになっているという状況でした。それまで一緒に打ち合わせをしていたメンバーの何人かが、昼休みを終えて帰ってきたら、マネージャーに呼ばれます。その後部屋に帰ってくると顔を真っ赤にしてオフィスを飛び出していくんですよ。彼らはクビを宣告されて出て行っていたのです。
アメリカでは、サラリーマンであってもプロ野球選手のように実力がないといられない、手に職がないと生きていけない、そういう世界なのだと思いました。アメリカで起こったことは必ず日本でも起こると思っていたので、サラリーマンでも何か手に職をつけなければ今後日本でも辛いのではないかと考えていました。
こういったカルチャーショックから、私はせっかくアメリカに来たのだから、何でも見てやろうという事で、アメリカに残ったらこんな仕事が出来る、日本に帰ったらこんな仕事が出来るという形で、自分なりにビジネスプランを5つ位考えて企画書にしていたんです。

会社にいるというだけではなくて、もういらないといわれた時に、自分がどうすればいいかをリサーチしていたという訳ですね。

そうですね。そんな中でたまたまフリーペーバーが面白いな、と思ったのはもう一つきっかけがあるんです。

どんなきっかけですか?

向こうへ行ってすぐの頃、『ロサンゼルスタイムス』を取ってくれという新聞の勧誘の電話がかかってきたんです。すごくかわいい女の子の声だったので、思わず「YES」と言ってしまったんです(笑) 次の日会社にいったら話す人話す人みんなに笑われました。そりゃそうですよね、英語で読み書きも出来ないヤツが英字新聞を取るなんて。そういう事で笑われていると思っていたら、彼らは変なことを言うんです。「ヒロ(倉橋社長の当時のニックネーム)、お前はどうして毎日新聞が必要なんだ?水曜日と日曜日だけ買えばいいじゃないか」と。

え?水曜日と日曜日だけですか?

最初、ぜんぜん意味が分からなかったんです。水曜と日曜にだけ大きなニュースがある訳でもないですし。理由を聞いてみると、水曜と日曜の新聞にはクーポン券がどっさりつくというんです。実は、みんなはそれ欲しさに新聞を買っているんだということが分かってすごくびっくりしました。
でもそんなバカなと思って更に調べてみたら、その当時(25年以上前)アメリカでは、日本と違いすでにニュース戦争が起こっていたんです。テレビのニュース番組が視聴率を取れるから、各チャンネルでニュース番組をどんどん放送したんですね。更にニュース専用のケーブルテレビチャンネルもある。アメリカ人は非常に合理的なので「ニュースはタダで手に入るのに、どうして毎日わざわざ新聞を買う必要があるんだ。クーポンが付いている時、本当に詳しいニュースが知りたい時だけ買えばいい」ということで、日本でいう必要な時にビジネスマンが夕刊紙を買うというスタイルになっていたんです。

なるほど。確かに合理的な考え方かもしれません。

定期購読は、むしろ少なくなっていたんです。それで私は40数名の事務所のメンバー全員に新聞を取っているかと聞いたら、8名しか取ってなかったんですよ!!これだけでは全てを語れないかもしれませんが、アメリカでは新聞の定期購読者は2割程度しかいなかったんです。
それで思ったんです。ニュースを伝えるスピードは、新聞は電波には勝てない。
しかし新聞の社会的存在理由はいち早くニュースを伝えるということです。朝まで待てないから夕刊がある。でも夕刊はもう遅いですよね。こういった理由から「新聞がもし定期購読されなくなると、どうなるんだろう?」そうするとチラシが届かなくなるから、それを届ける新聞に変わる宅配のビジネスはビッグビジネスにつながるんじゃないかと思ったんです。

新しいマーケットの創出ですね。

広告の市場を調べてみると、新聞の市場は1兆2千億円、チラシが4600億円くらいなんです。雑誌全体のマーケットが4200億円ほどですから、それより大きいわけです。しかもチラシは配布料金だけですから、制作や印刷も入れると8000億円ほどの市場になるんです。
都合2兆円くらいのマーケットが動くという具合に思ったわけです。新聞に替わる宅配の組織をどうやって作ったらいいかを考えていました。その時向こうで目にしたのが、『ペニーセーバー』という毎週宅配で届けられる「ぱど」の原形になる"フリーペーバー"です。その雑誌というのは12500部ずつ細かく地域を分けて配布していて、合計250万部発行していたんです。広告だけではなく、個人からの情報発信も多くて、非常に面白いなと思ったんです。これを日本流にアレンジ出来るんじゃないかと思ったのがきっかけです。

エンジニアとして渡米。ところが新聞の定期購読に対するカルチャーショックを契機に、新聞だけではなくチラシはどうするんだということに気付き、そしてこの事業を思いついたという訳ですね。

その当時もう1つ思ったのが、このような雑誌をエリアごとに刷り分けをしても、コンピューターで編集すればコストはそう変わらないんじゃないか、ということでした。雑誌は作るところでお金がかかるので、そういうところでのコスト削減にも期待して自動編集のソフトを作ったんです。
アメリカではペニーセーバーの文字が時々曲がっていたりしたので、切り貼りして作っているんだと分かったんですが、切り貼りしてもコスト的に合うのなら、コンピューターでやればもっと効率がいいのではないかと思いました。それは技術屋の発想としてありましたね。

そういうアイデアを持って帰国されましたが、荏原は技術系の会社ですから、情報誌とは全く関係の無い企業だったんですよね…?

そうですね。でもそこで事件が起こるんです。私が帰国した1985年は、ちょうどプラザ合意の後で、円高がグーンと進んだんです。1ドル=250円だったものが1年経たないうちに150円位になっていたほどです。
そうすると海外に商品を輸出している企業は大ダメージなんです。私の所属していた事業部も90%以上が輸出関連の仕事をしていたので、主力工場は稼動率がグーンと下がってガラガラなんですね。現状の会社の仕組みでは、このままでは大きなダメージを受けかねない危機感から、海外にいい製品を見つけて、ノックダウン(※部品セットの時輸出し、現地で組み立てて完成品にする)方式で,、契約して製品を造ろうということでそれらの事業を取りまとめる、新規事業部というものが創設されました。

そういえば20数年前、新規事業で多角化というのが流行りましたよね。

あの頃は輸出企業は同じ悩みを持ってましたから、日本中が新しいことをやろうとしていました。荏原もご多分に漏れずそれをやった。そしてそのちょうどいい時にアメリカから帰ってくるヤツをそこにあてがえばいいじゃんというような感じで・・・

白羽の矢が立ったんですね。

そうなんです(笑)。それで役員に呼ばれて、とにかく新しい事を始めろと。お前はアメリカに行ってたのだから何かアイデアは無いのかと言われ(笑)。このぱど事業の事業計画書はもう出来ていたので、表紙だけを整えて出しました。会社をクビになったら地元大阪に帰ってやろうと思っていたんです。でも機械メーカーに出版の話ですから、すぐお蔵入りになりました(笑)。

なかなか受け入れられないですよね。

ええ。すったもんだして、2年かかってようやく立ち上がったんです。ここもいろいろと裏話はありますが、話が長くなるのでまたの機会にしましょう。結論だけにさせてもらうと、2年後に社長、副社長にだけにOKをもらいまして、それで社内ベンチャー1号として立ち上がったんです。それも荏原、凸版印刷、東芝、第一勧業銀行、三和銀行というそうそうたる会社の出資で。

もともとは荏原の新規事業としてぱどというものが始まったんですね。

ええ。でもそれからまた事件がありまして(笑)、会社がスタートした次の年に社長が亡くなったんです。社長と副社長だけのプロジェクトのようなものだったので、次の社長は2年後の体制を発表した時に「ぱど」なんて畑違いの事業をやっていても仕方が無い、早く会社を売って帰って来いと言われたんですね。その頃は不景気を通り越して好景気で、荏原はものすごい仕事量を抱えていたんです。

バブルに入る少し前くらいですか?

私が立ち上げたのが87年ですから、90年頃ですね。その頃は3Kの時代で「きつい・汚い・給料安い」で、理学部・工学部の学生がメーカーに来ない時代だったんですね。そういう人は銀行や商社なんかに行って、荏原はぜんぜん人が採れない。それで仕方がないので、子会社を見直して潰して減らしたりして、人材を必要なところに集中させた訳です。
私達などは一番関係ない所なので、真っ先に売って帰って来いと言われました。そこでまた社長の自宅に乗り込んで5時間、何とかやらせてくれと直訴したんですが、やってもいいが、ただもう荏原は運転席に座っているわけにはいかないので、新しい出資者を探して来いと言われたんです。
それで探したんですが、事業は黒字化していたものの累積赤字がすごくありまして、そういう会社はなかなか買ってもらえないので、ずるずるやっていました。すると次の役員改選の時に業を煮やした社長が、「じゃあ累積赤字は荏原と凸版で引き取ってやるから売って来い!」といわれまして、それなら自分たちで買い取ろうということで、MBO(※経営陣による自社株式の買取り)を92年に起こして、足りない資金はフランチャイジーの大阪ガスさんなどにお願いして、株式を全部入れ替えて92年に再出発したんです。

そうして株式会社ぱどがスタートしたんですね。2002年には、発行部数世界一としてギネスブックの認定も受けました。

ギネスは、シャレで申請したら通っちゃったんですけどね。
やはり地域のお店に役立たないと話になりません。今は、当時とは情報流通の仕方も大きく変わっているので、紙媒体だけではなく、WEB・モバイルを利用した営業支援に取り組んでいます。紙媒体だけにこだわらず、あらゆる方法を活用して、当社のビジョンである人と街をつなぐ企業になりたいと思います。
そのために、今後のぱどを共に創っていけるような人を採用していこうと考えています。

ぱどの営業職の仕事というのは、具体的には?

提案型営業なので、それぞれ担当の地域を決めまして、その地域内のお客さんと話をして、お店の広告・宣伝をアウトソーシングして頂くんです。営業といってもただモノを売ってくればいいというのではなく、うちの場合はお客さんと一緒に販促をどのようにやっていくか、それに合わせた広告のキャッチコピーを考えたり、モバイルを使ってリピーターを確保する提案などやっていくので、どちらかというと色々な仕事やってるスーパーマンですね。

では、ぱどの営業マンとして必要な要素とはなんでしょうか?

お店のご主人(経営者)と一緒になってそのお店を繁盛させるというようなことに面白味を感じていただける方がいいと思います。そこで物凄い人脈ができますし、お店の人といっても決定権を持っている方と話すことになります。大企業だと広告宣伝担当が出てくることもありますが、もう少し規模の小さな企業だと社長さんが出てくることも多いですから、そういう意味でも面白いですね。
ウチの営業の中でも出来る営業は、そのお店の年間の広告宣伝費を教えてもらって、他媒体の広告の出し方のアドバイスもやっていたりするんです。そういう形で信頼してもらって、バッチリ連携しています。あるコンタクトレンズ屋さんは、次の店舗を出店するときに「ぱど」が発行されている地域に出店して下さるそうです。

たとえば、必要な要素に英語力とか、パソコンの技能とかありますか?

日本語が普通に話せる方なら大丈夫ですし、特別な技能は必要ありません。

では求める人材像についてもう少しお話頂きたいんですが・・・。

私には基本的な考え方があります。それは仕事にかける時間についてですが、実際、仕事には物凄い時間がとられると思うんです。実働8時間労働にお昼休みが1時間、会社への行き帰りで1時間ずつとして11時間、残業のない会社というのは今はほとんどありませんので、トータル12時間以上、つまり1日の半分以上を仕事に取られるわけです。

実際働いていると感じる、仕事の占める時間は非常に大きいです。

20歳過ぎで仕事に入って定年を60歳とすると40年。人生80年として半分は働いているわけですから、この時間がおもしろくなかったら最悪なわけですよね。仕事中は眉間にしわよせて、アフターファイブは楽しく過ごす。それもいいんですけど、一番いいのは仕事時間が楽しくて、アフターファイブも楽しい。こうであるべきだと思うんです。
今、日本には300万社くらい会社があるわけですから、自分にマッチしたところにいけばいいと思うんです。もちろん自分達の会社はいい会社だと思いますけども、他にもいい会社はたくさんありますので、ウチで働くのはおもしろそうだと思う人に来て欲しいですね。

なるほど。会社に興味があることが前提のようですね。

これを踏まえて、当社に来て欲しい人の条件の1番目は、当社の仕事がおもしろそうだと思える人です。まぁやってみないとわかりませんけど、この会社はおもしろそうだという人に来て欲しいということです。2番目としては、ぱどはベンチャー企業ですからパイオニア精神、ベンチャー精神に溢れている人に来て欲しい。
上場はしていますが、安定した大企業ということではありません。いつまでもベンチャーのつもりでやっていきたいと思います。ですから言われた仕事だけきっちりやりたい人には向かないと思います。自分からあれやりたい、これやりたいと言い出すような人に来て欲しいと思います。

では例えば「社長、今度こういうことを考えたんですけど、どうですか?」といった提案があったときにダメっていうことは絶対言わないんですか?(笑)

そりゃあ会社を潰すようなことを勝手にやられたらかないませんけど(笑)、まわりとコンセンサスをとれていれば自由にやっていいと言っています。何せ家庭配布の「ぱど」だけでもエリアを200近くに分けて、媒体も、紙媒体だけでなく、WEBサイトも各種運営して、ひとつひとつが独立しているわけで、営業マンというのはいわばその担当地域の編集長のようなものですね。
ぱどの場合、企画職が別にあるというわけではなく、各エリアの特集というのは営業マンから出てきます。だから結構自由にやらせてます。失敗したら「ほれみたことか」とはいいますが(笑)、失敗した原因をしっかり研究して次にまた頑張れという感じです。 言われたことをやるというよりも自分からやるのでないとダメです。

なるほど。

それから、求める人物像の3番目は底抜けに明るい人。暗いヤツと話しているとこっちも暗くなる。ある旅行会社の社長がいて兄貴のように慕っているんですけど、その人がすごくおもしろくて、ニューヨークの9.11テロがあった当時、旅行業界がガクっと悪くなった。それで「元気か~?」って電話がかかってきたので、「社長のところは大変ですね!」って言うと、「おお大変だ!業績悪いぞ!!もう悪いときは笑うしかないな。悪いときほど笑っとかなあかん、笑うだけや~」って言ってました。
こういう人と話していると元気がうつるんですよ。同じように暗いのもうつる。だからとにかく底抜けに明るい人と一緒に仕事をしたいなと思っていますね。

仕事をするっていうことは多少辛いことだってありますが、お客様からクレームを受けたりとか、嫌なことを言われたからって、その度に落ち込んでいたりすると周りも暗くなっちゃいますからね。

その通りです。それと4番目としては何でもゲーム感覚で楽しめる人ですね。ぱどは評価を1年単位でしないで3ヶ月単位で評価しています。だから昇給昇格も3ヶ月毎なんです。3ヶ月毎に給料の見直しがあるということです。

そうすると、例えばある3ヶ月を失敗しても次の3ヶ月ですぐに取り返せそうですよね?

それが狙いです。野球と同じで4回の裏0点でも5回があるさ!みたいな。そんなズルズル引きずるなと。そこで終わってまた次にいけ!という感じです。だから評価会議も3ヶ月に1回で大変なんです。目標設定を決めるのに営業の管理職が全部集まってやる。またそれを3ヶ月経ったら全員やってもらってその全員の評価もやる。そういう意味で悪くても引きずらない。
新しい事業や営業所を立ち上げる時もやりたい人に手を挙げさせて、行きたい人に行かせるという形です。これからもそうしたいと考えてます。そして5番目がプラス思考、前向きな人です。それから最後の6番目は、運のいい人に来て欲しいですね。

運のいい人っていいですよね。…で、どういう意味ですか?

これを言うといつもどういう事ですかと聞かれるんですが(笑)、先に答えを言うと「自分は運がいいと思っている人」のことです。何があっても最後は『塞翁が馬』と思える人がいいですね。
自分の事で恐縮なんですが、上場準備の大変重要な面談が大阪である前日のことです。私は毎晩大酒を嗜むので、そのときもある方と飲んでいて、帰りは酔っ払ってしまって夜中にホテルまでタクシーで戻ったんですけど、道を反対側に渡ろうとしたところ、タクシーにボンッとはねられまして、頭を22針縫ったんです。気が付いたら救急車の中で、やばいとこだったんですが、病院についてCTスキャンで見てもらうことになりました。その結果、一応脳に問題はないだろうという診断だったので、「じゃあ僕はこれで帰ります」と言ったんです。そうしたら「バカいえ、頭を打ったんだから2週間は絶対安静で入院だ」と言われたんですが、「でもCTで問題ないんだったら、明日大事な仕事で大阪へ出張しなければいけないので帰りますわ」と言ってそのまま家へ帰ったんです。

帰っちゃったんですか?大丈夫でしたか!?

頭の方は大丈夫だったんですが、足は折れているんとちゃうか?と思ってました。足首が3センチほど盛り上がってパンパンに腫れてたんです。でも次の日の面談はどうしてもキャンセルするわけにいかない。大阪へ向かう新幹線の階段を上がるのさえ死にそうでした。それで頭にヨハネパウロ2世のようなネットをして行ったら、「おまえ、どないしたんや!」と相手に聞かれて、「実は昨晩タクシーにはねられまして・・・」と事情を話したところ、相手も意気に感じてくれる方だったので、「そうまでして来たなんて、お前には負けた・・・」と、交渉は5分で終わったんです。好きなようにしてくれと。で、それから、まだ午後1時頃でしたけど、これから消毒に行こうと言われまして、行き着けのお店を無理に開けてもらって、最終の新幹線まで飲んで帰ってきたんです。抗生物質を飲んでいるのでお酒を飲んではいけないと医者に言われてたのに…(笑)要は、交通事故に合った事を不幸と思うか、それがあったために交渉がうまくいったと考えるのかということです。

まさに『人間万事塞翁が馬』というような事ですね。

そうなんです。だから何でもいい様に解釈する人がいれば、世の中明るくなるんじゃないかと思うんです。

社員にもそういう所が欲しいという事ですね。つまり、前向きに物事を考えられて、チャレンジ精神をもって物事に取り組める方ということですね。

失敗したとしても、それは次の糧です。命まで取られる訳じゃありませんから、次へのチャンスだと捉えて欲しいですね。生意気を言わせてもらうと、仕事をするには3つの大事なことがあると思っているんです。まず、世の中の役に立つ仕事をするという“ロマン”。 これは絶対言えることですが、世の中の役に立つ仕事でなければやっている意味がないのです。これは大前提。世の中の役に立たない会社が継続していくことはできません。2つめは儲けるという“ソロバン”。株式会社ですから、利益を出さなければ社員やその家族の生活が守れません。お役立ちをして、その見返りとして儲けなければならないんです。そして、3つめは、先ほど申しましたように、世の中の役に立って、儲かっても、つまらなかったらしょうがないんです。やってて楽しく思える仕事を選ばなければいけないんです。これが楽しいは語呂合わせがないので今のところ“ジョーダン”と言っています。
この“ロマン・ソロバン・ジョーダン”が、うちの会社のモットーです。
社風ということで言いますと、若い人が多いので、できるだけやりたいと思うことができる風土作りをしようと考えています。新しい所に営業所を出しても強制的に行かせるのではなく、そこでひと旗揚げたい、新しいところでイチからやってみたいと、そう希望する人に行ってもらう。そういうところをすごく大事にしていますね。

それは働いている社員が楽しく思える仕事という事ですね?

それは気持ちの持ち方だけなんですよね。私は大酒飲みで2時3時まで毎晩飲んでいるんですけど、次の日は始業の一時間前には出社するんです。よく社員に言われるんですが、「倉橋さん、化け物ですね!」って。そういうときによく言うんですが、「アホやなぁ。明日デートやゴルフだと思えばバチッと目が覚めるやろ。仕事が嫌だと思うから会社に行きたくなくなるんや。」と。そう思わないように自分を思い込ませたら勝ちであって、そう思えるかどうかなんです。つまらないと思えばつまらないし、面白いと思えば面白いんであって、自分がやっている仕事を面白いと思えるか、面白味を見つけられるか。見つけられないのなら、辞めた方がいいと思うんです。そういう意味で、役に立つ・儲かる・楽しい。この三つのキーワードで仕事をされたらいいんじゃないでしょうか。

もちろん株式会社ぱどの中には、その3要素を自分で見つけようと思えば見つけられる仕事があるという事ですね。

そうですね。そう思っています。ただ3つ目は自分次第ですけどね。楽しいかどうかは自分次第。
それと、かっこいいことを言うようで恥ずかしいのですが、教育と言うのは高校・大学で終わった訳ではなくて、人生ずっと学びの場ですから、企業も学べる場でなければならないと思うんです。学校時代は教えてもらう訳ですが、社会に出ると自分から学ぶことになるので、学ぶ場を提供できる企業でなければいけないと思います。 ぱどもそういう企業に社員の力を合わせてしていきたいですし、着実に近づけていると思っています。

皆で力を合わせて行きます。今日はお時間ありがとうございました。

こちらこそ。ありがとうございました。